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第81号 2006.7 発行 http://www.allisone-jp.com/ info@allisone-jp.com |
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最新刊!!
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| 目次 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 姿勢で人生が変わる 石原加受子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「経済的豊かさも、愛情も、仕事で成功する」も、つくづく比例しているのだと思わずにいられません。 もちろん、それを得ることを強く望めば、得られるでしょう。 けれども、そのときの得方が問題です。 それが「心身」と調和しているか。「周囲」と調和しているか。かつ、かつ無理なく“楽に”というのを前提にするという意味で。むしろ、調和していれば、無理なく楽に得られるでしょう。反対に、調和していなければ、結局、失うことになるでしょう。 心身の調和という点では、自分に姿勢がそのまま、自分の人生に大きな影響を与えます。 影響を与えるというよりは、自分に無意識になるものがそうだから、そんな姿勢になっている、といったほうが正確です。 2つの姿勢のパターンで、その違いを感じてみましょう。 1)直立不動の姿勢で、あごを強く引いてください。その状態で、自分のからだの感覚や緊張度を見てみましょう。 胸もみぞおちも固くなるのがわかるでしょうか。 呼吸が浅く、感情もフリーズしている感じがしませんか。 これは、物事を得ることを拒否している状態です。エネルギーが循環できずに、つまり、愛情もお金も動かない状態と同じです。 2) 満足度の高い愛情を味わうことと、お金が順調に循環し貯まっていくのとは、同じ感覚です。 リラックスした姿勢で立って(大和出版の83の方法や、中経出版のお詫びの本を参考にするとより良いかと思います。)、頭を両肩の上にすっと乗せてください。首と肩が楽になります。胸のあたりが、ほっと温かくなるのがわかりますか。 これが愛情とお金を得ることにOKを出した感覚です。 この(1)と(2)の姿勢の違いだけで、人生が大きく変わってしまうほどです。 ※ 最近、宣伝もしていないのに、問い合わせの電話やメールが多くなっています。 渋谷の「ランキンランキン」で、石原加受子の著書が紹介されたことがありました。 「今売れているモノがすぐ分かる、ショップ連動型ランキング情報サイト」などだそうです。早速アマゾンでチェックしてみると、すぐに反応があって、著書全部のランキングが上がっていました。これも「ランキンランキン」のお陰でしょう。読者の皆様ありがとうございます。 徐々に「自分中心心理学」が浸透しはじめているようです。 |
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| 自分に必要だからこだわる 石原加受子 |
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| 物事にこだわっているとき、それを、「何とかはやく解決したい。この苦しみから、解放されたい」 と足掻けば足掻くほど、苦しくなるだろう。 「早く、このつらさから逃れたい」 無意識にこんな呟きをしたり、誰かにすがって助けてもらいたいと、イメージや感覚で願ったり、すがる。 あるいは、無自覚に心で叫びつづけるから、いっそう不安や焦でつらくなるという悪循環に陥る。 そんなときは、いったん、「苦しみ から逃れよう」とすることを諦めるしかない。 諦めるというのは、覚悟して、その問題を直視するということである。 時間を十分にかけると、決めることである。 自分が何かにこだわって苦しんでるときは、それから逃れたいゆえに、そのこだわりを否定したり拒否したり退けようとする。 けれども、そのこだわりから、なかなか解放されない自分がいるとしたら、それは、自分の得意分野だと思って受け入れたほうがいい。 よく、 「何をしたいか、分からない。好きなことがない」 という言葉を耳にする。しかし、好きなものはわからないけど、「こだわっている」ことはわかる。 いま、そのことで悩んでいるのだとしたら、きっとそれは自分自身が心の奥底から望んでいることだから、“諦めて”追求することだ。 心理的にこだわるのであれば、 「私はそれが好きなんだ」 「好きかどうかわからないけど、もっと時間をかけて取り組む必要があるらしい」 「このこだわりが、私の人生のテーマであるようだ」 人によっては、場合によっては、「仕事をするより、社会的な活動をする」よりも、はるかにこの「自分のテーマに取り組む」ことのほうが重要なときがある。 むしろ、本質的な無意識から見れば、こちらのほうがはるかに大事である。 逆に、そんな人が、何不自由なく「普通の幸せ」になったとしたら、むしろ満足できないだろう。退屈で退屈で、生きてる意味をなくしてしまいそうになるかも知れない。 「こだわっている」ということは、それほど、「心の勉強をしたい」と願う自分がいると、思ってほしい。 一見、それがマイナスに見えても、「こだわる」というのは、それを自分がしたいのだ。 |
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| どうしてこだわるのか |
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| 苦しい状態に陥っているとき、それは実は、 「愛をとりもどそうとしているのだ」 というふうには、解釈する人はいるだろうか。 しかし最近、私はとみに思う。 我々は、赤ちゃんから大人になるまでのステップとして、その段階段階で、得られるべきものを得られないと、いくつになっても、それが60歳になっても80歳になっても、その穴埋めをしようとするものだと。 あなたが、小さいころ、(本当の意味での)愛をもらえなかったのだとしたら、あなたは、いま、その愛情をとりもどそうとするだろう。 例えばあなたが、家を出るとき、「何度も何度も鍵を確かめずにはいられない」 とする。 それは、小さいころ、無断で親が自分の心に侵入してきたから、心の鍵をかけておかずにはいられないのだとしたら、どうだろう。 一般的に、ほとんどの人が、マイナスにみえる症状や状態は、それをあたかも“悪”のごとく、否定したり、拒否したり、責めたりするだろう。 しかし、前記のような解釈を前提としたら、「何度も鍵を締める」という行為は、自分を守るための行為だといえる。「何度も何度も鍵を締める」ことで、自分を「何度も何度も、愛してあげている」ことになる。 自分を愛するために、自分を守るために、そうしていることになる。 こんなふうに捉えることができれば、その行為を否定するどころか、「今、自分を愛してあげているのだ」と肯定することができるだろう。 事実、そう解釈したほうが、心が納得することに気づくはずだ。 あなたがいま、そんな状態で苦しんでいるのは、愛情のとりこぼしがあったからである。 前記したように、私見だが、我々は、誕生して成長していく、その段階段階で、ちゃんと“得るべき愛”があるらしい。それが得られず「とりこぼし」があると、いくつになっても、その穴を埋めたくて、前に進むより、それを取り戻そうとする。 「愛の取りこぼし」があっては、前に進めない。 「必要な愛を得る」というステップを省略したままでは、うまく前には進めない。 それが「こだわり」となって現れていると、私は思うのだ。 ところが「愛の穴埋めをしたい」と願っても、大人になれば、赤子のような愛し方で接してくれる相手を探すのも大変だ。 だから、「愛を取り戻す」ためには、「自分が自分で、自分を愛してあげる」 自分に現れている症状とは、そういうものだと私は思う。 自分の“心と肉体”とは、嫌でも一生付き合っていくことになる。 だから、急ぐことはない。 ゆっくりと、自分の心を見詰め、自分を愛してあげたい。 人よりもまず、自分を愛してほしい。 自分を愛することができれば、自然と、物事も運命も良い方向へと進んでいく。 |
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| 「意思」と「頑固」はどう違うのか DrTr | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ふと思ったのですが、意思を持つのと頑固なのとは何が違うのでしょうか? 頑固なのは「信条を守り貫く」というような感じがするのですが。 (返信) 私は「意思」は、あえて「意志」と呼んでいます。 「意志」を貫くというのは、気持ちよいものです。それは自己肯定しているからです。自分がそうすることを、どれだけ心からOK出すことができるか。OK出せれば出せるほど「意志をもつ」心地よさを実感するでしょう。 これを私は「意志をもつ」と言っています。自分を信じ、リラックスして気持ちよく「立っている」状態です。 「頑固」は、自分のやることを相手に邪魔されると思っています。 相手に反対されたとき、感情的になって怒るとしたら、自分自身が、そうすることに自信を持っていないからでしょう。やりたいことをしていながらも、 「これでいいのだろうか」 「人は、自分のことを否定するだろう」 などと他者中心的に考えていて、決して、自分の決定を、心から認めてはいません。自分の決定を、自分が認めることができる人は、頑固である必要がないのではないでしょうか。 「私はそれをするのが好きだから、したいから、そうするんだ」 と素直に、自分の決定を「自分自身が認める」ことができるでしょう。 |
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| ある日学校で七十六 宮崎 久実子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
前回高圧的な先生の話をした。 いつも専制君主のような先生に支配されていると、物静かな先生の前ではどのような態度をとるようになるであろうか。 『ざわざわして言うことを聞かない』『反抗的な態度に出る』 様々な反動が出てくる。結果的には恐い人がいなければ言うことを聞かない子供ができる。ではどのようにしたらこちらの話を生徒が気持ちよく聞いてくれるようになるのだろうか。 前回の中で、一方的に話してばかりで生徒の話を聞いてくれない教員の話をしたが、五分間、生徒の話に耳を傾けて見ると次第に自分のことを話し出すものだ。 「黙って話を聞いているとなめられてしまう」 という恐れから、自分の方からまくし立ててしまう教員が多いのかもしれない。 しかし、そんな相手に心を開くわけは無い。相手の心を開くためには、まず自分の方から心を開く必要があると痛感する。 相手が本当は、何を訴えようとしているのか。相手が正しいか間違っているかではなく、相手が何を訴えたいのかを理解してあげようとすることが大切なのではないだろうか。 相手と話をしたければ、信頼関係を結ぶことが先である。 |
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