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第80号 2006.5 発行 http://www.allisone-jp.com/ info@allisone-jp.com |
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最新刊!!
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| 嫌がらせ 石原加受子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| こんな相談をいただきました。 『知人の中学生の女の子が上履きを隠されるようになり、大変悩んでおります。誰だか心当たりがあるので、本人と相手の名前は伏せて、先生にクラス会で注意をしてもらったそうです。ところが、「おはよう」と言っても、いっそう無視さるようになってしまったそうです。 こんなとき、どんな対処方法があるでしょうか。』 学校では、《本人との名前を伏せて、先生にクラス会で注意してもらう。》 職場では、上司に相談して、上司から、嫌がらせをするAさんに、それとなく注意してもらう。 よく、こんな対処をしがちですね。 嫁姑の問題でも、夫が間に入る。 では、本当に、これが適切な処置でしょうか。 嫌がらせをする人は、その行為が不当であっても、また、明らかな逆恨みであっても、心の中は「被害者的な思い」で占められています。 自分がこんなことをしてしまうのは、「相手が悪い。みんなが悪い。会社が悪い。社会が悪い」と。 先生がクラス会で、「靴を隠さないように」と注意しました。 当然Aさんは、自分の名前を先生に教えたと、知ります。 あなたが先生にチクったのです。 Aさんは、自分のことが先生に知られてしまいました。 「ああ、私が悪かった。もう二度と、靴を隠したりするのは、やめよう」 と心から反省するでしょうか。 それとも、 「先生の自分に対する印象が悪くなった。あんたがチクったせいだ。最初に私を傷つけたのは、あんたのくせに。もう絶対許さない。これからは、もっと嫌がらせしてやる。あんたが悪いんだからね」 と決断するでしょうか。 ご相談の件でも「いっそう、無視されるようになった」というふうに、後者のような結果となりがちです。 では、どうすればいいのでしょうか。 例えば、 1)もしあなたが、嫌がらせを受ける「被害者」の立場だった場合。 2)もしあなたが、第三者の立場(先生や相談された上司など)だった場合。あるいは「親」の立場だった場合。 3)もしあなたが、嫌がらせをする「加害者」の立場だった場合。 1)あなたが「先生や上司に注意してもらって解決しよう」という「他者中心」的な発想している限り、それは解決しないでしょう。仮にその件がやり過ごせたとしても、必ずまた同じことが起こります。(なぜ、そう断言できるのか。)それは、自分の問題を自分の問題として処理しようとしない、「他者中心」の言動パターンが変わらないからです。 「自分中心」の人は、先生や上司に相談するとしても、それは、自分の代理人として先生に任せてしまうのではなく、 「私が、Aさんと話し合いたいので、先生、立ち合ってください」 とお願いするでしょう。 特に大事なのは(2)のように、あなたが第三者の立場の場合です。多くの人が間違った対処をしています。 それは、「加害者をなんとかしようとする」ということです。 そして、加害者に注意して、相手に謝らせようとしたり、一方的に罰を与えたりしがちです。あなたが加害者の立場だとしたら、素直に「ごめんね」と言えるでしょうか。それとも、「私だけが」と思うでしょうか。 一方、被害者の気持ちはどうなるでしょうか。 ・代理人(上司や先生や親)に任せっきりでは、自分の気持ちが晴れません。・人をあてにするために、自分でその問題を解決する能力が育ちません。人に告げ口したり、人にやってもらおうとするでしょう。 ・意志をもって相手に主張する勇気が育ちません。 これでは、いつまで経っても、被害者の立場から抜け出すことができないでしょう。 だから、あなたが第三者の立場だとしたら、被害者が、加害者に向かって、自分の口から自分の気持ちを「こんなふうにつらかった。悲しかった。傷ついた」などと、語ることができるように、設定してあげることです。(特に、被害者の感情の言語化が大事です。) むろん、被害者は主張することを恐れます。 その恐れを勇気に変えるためにサポートするのが、第三者の役割です。(被害者は特に、自己解決能力を育てるために必要です。) 被害者の痛みが加害者の心の伝わるとき、謝ろうという気持ちが湧いてくるものではないでしょうか。 もし、加害者がそんな気持ちにならないとしても、被害者が、加害者に面と向かって主張するという態度を示すことで、いじめる側は、いじめにくくなるでしょう。 とりわけ、あなたが第三者の立場の場合、その注意点として、被害者に味方して代わりに加害者を責めたり、逆に(問題解決を急ぐあまりに)被害者のほうの口を黙らせようとしないこと。被害者が主張できるか否かが重要です。(これがまた、加害者への救いともなります。) 3)もしあなたが、嫌がらせをする「加害者」の立場だった場合は、どうでしょうか。 以前、ある雑誌の取材で、「嫌な相手に対して、解消しているか」という質問に対して、読者の方々が、 ・悪口を言い合う。 ・嫌な相手に見立てて、物に当たる。物を壊す。 などと答えていました。 嫌がらせをしてしまう人も、これと同じです。 つまり、嫌がらせをしてしまう人は、自分自身の問題を直視できない人たちです。 その裏には、 ・相手に主張するのが怖い。 ・主張して傷つけられるのが怖い。 という思いが隠れています。 それ以上に、 「主張しても、相手が私の言うことを、素直に聞いてくれるわけがない」 と人を信頼していないのが、最も大きな原因のようです。つまり、その人は、嫌がらせされている人と同じように、どこかで誰かに傷つけられています。 しかもそれは、「私が言っても、誰も受け入れてくれない」というほどに(どこかで)傷ついています。 表面的には、嫌がらせする人は、強そうです。 我が強い人が多いのは、確かです。 けれどもそれは、常々言っているように、「自分中心的」な強さではありません。 その人が一見、怖い顔をしているのは、心に恐れを抱いた「恐怖の顔」なんです。 だからまず、嫌がらせしてしまう人は、自分が何に傷ついているかに気づきましょう。 例えばあなたがAさんに嫌がらせをしているとします。 このとき、あなたはAさんの「言動〇〇」に傷ついたのかも知れません。あるいは、Aさんと関係のないBさんの言動に傷ついて、それをBさんに言えず、Aさんにうっぷん晴らしをしているのかも知れません。 嫌がらせをしてしまう人は、不思議なことですが、「自分が傷つけられること」に鈍感です。 傷つけられて正当に主張すべきときに、それが言えません。言えないどころか、傷つけられたことに気づかないのです。 それは、「傷つけられる」のに慣れてしまっているからです。 けれどもそれは、決して、平気なわけではありません。心の奥のどこかに残ります。 そのつらさを、誰かにぶつけたくなっているのです。 だから、まず、自分が傷ついていることに気づきましょう。 後は、それを、直接本人と話し合えるか。その勇気を育ててほしいものです。 |
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| 運命は6年周期で転換する 石原加受子 |
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| ご存じの方もいるかと思うが、ずっと以前「運命は6年周期で転換する」という本を出したことがある。 「6年周期〜」で言っている「浄化期」は、四柱推命の空亡や、かつての天中殺や、大殺界などと、同じである。(大殺界は一年多いのかな) 占いそのものを生業(なりわい)にしているわけではないのだが、私が浄化期や隆盛期とネーミングして、占いっぽいことに興味を抱いているのは、そこに、人生のリズムと、運命が心理学的要素をもって絡みあっているからである。 この心理的要素も踏まえてはっきりと言えるのは、どんな占いであっても、 《占いの吉凶は、自分の外側にあるものではなく、自分自身の内にある。》 その関連性の糸を辿り、あるいは手繰り寄せながら解明していく作業は、一見、心理学とは異なる分野のように見えるものの、とどのつまり最後には「意識の法則」に行き当たる。 以前は、浄化期は、文字通り、自分自身の歪みを矯して浄化する時期と言っていた。 無意識の領域まで拡げると、自分の否定的想念も含めた意識が海面に浮上して、それがことごとく形になって顕われる時期である。 これが浄化期である。 そういう意味では、歪みというより、すべての自分が露になる時期と言っていいだろう。 だから決して「悪いことが起こる時期」という意味ではない。 ただ、自分に否定的想念が大きければ、それが表面化するので、現実的には不運なことばかり起こっているように映るだけなのだ。 しかし、それは、別の言い方をすれば、「自分を大事にしていないことを、浄化期は教えてくれるものである」というふうにも解釈できる。 私はむしろ、こちら解釈のほうが、より正解だと思っている。 例えば、自分が我慢し過ぎて問題が起きているなら、「我慢するな」ということである。自分に甘えを許さなくて問題が起きているのなら、「もっと気持ちよく、堂々と甘えよう」ということであるだろう。 頑張ってつらくなっているのなら、「頑張らないで、十分に、心から休息しよう」ということである。 自分を縛っているものに気づく。ありのままの自分を受け入れる。 さまざまな制約から自分を解放するためのヒントを浄化期は教えてくれる。 だから浄化期にはとくに、「自分が心から望んでいる」願いを叶えてあげることである。 浄化期は、「あるがままの自分を受けれる。弱さをも認め、それを受け入れる」時期である。 ※興味のある方は、「意識の法則」(長崎出版)をどうぞ。 新装改訂版が、静かに売れています。 |
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| 読者の声・受信発信 A.Kさん |
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| 石原先生の著書の中で、「無意識は多少強引であっても自分の望みを叶える」というようなことが書いてあり、まさにそんな体験をしたのでメールしました。 今年になってから、仕事が忙しくなってきましたが「多少無理しているな」と思いつつ休みもほとんど取らず勤務していました。 それが本当は「多少無理している」どころか「ものすごく無理をしている」ようだったのです。 風邪かな、と思っていたところ、熱が出て、喉は痛くなり結局4日ほど会社を休むことになりました。寝込みながら感じたのは、「あー、随分からだを酷使してきたな、ごめんね。無理しすぎていたね。。。」ということ。休みたい!って体が叫んでいたのかも。 もうちょっと早めに、自分の出しているシグナルに気づいてあげられれば、4日も休むことはなかったかもしれません。思考で体をだまそう?としても、うそはつけませんね(笑)。 (返信) 精神的疲労は、肉体的疾患のようには眼に見えませんが、これも病気のうちと、思いましょう。ちょっと心が疲れたと思ったとき、軽い病気だと思えば、休むことを心からOKが出せます。 無理をしないと決めると、「無理をしない人生」を育てることになるので、こちらのほうがはるかに得ですよ。 |
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| 妥協しないのが 本当の優しさ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 大変な出来事で、相手に責任を突き付けるとき、「どこまでやって終 わりにすべきか」と決断しかねていたときに、出遇った言葉です。 妥協しないのが 本当の優しさ 本心を偽ったり 遠慮すると かえって物事が複雑になり 相手も生きず 自分の心も 行き届かないことになります (事実、私たちの本質は、一切妥協しません。) ※ これは、誰がおっしゃった言葉なのか、もし、どなたか、ご存 知でしたら、教えてください。 |
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| ある日学校で七十五 宮崎 久実子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「先生とは、恐くて話が出来ない」 「いつも一方的に話してばかりいて、自分の話を聞いてくれない」 新学期になってから、時々このような苦情を生徒の口から聞かされる。 「自分が考えていることと全然違うことを、勝手に思い込んで話を進めてしまうんです。そうではないと言おうとしても、勝手にまくし立てて、こちらの言うことを全く聞こうとしないんです」 「困ったね。どうしたら話を聞いてく れるかしらね」 教員というのはどうしても、一方的 に説教をしてしまいがちだ。相手が一つ言う間に、十位言いたくなる。 これでは相手は何も言えない。 よく先生方に話し上手になる前に聞き上手になってくださいと言うのであるが、なかなか難しい。五分間黙って人の話を聞くのすら至難の業である。 しかし、黙って聞いていると生徒はいろいろなことを話し始める。 しかも、共感を持ってくれていると分ると、逆に少しくらい厳しくしても素直にこちらの話を聞くようになる。 一方的に説教するより、はるかに効果があると思うのである。 上から物を言わないとなめられてしまうと考えている先生方、高圧的に物を言って本当に生徒は心から従ってくるのであろうか。 |
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