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第73号 2005.3 発行 http://www.allisone-jp.com/ info@allisone-jp.com |
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最新刊 (3月10日)
「願いがかなう人になるシンプルな方法」 大和出版 本書には、様々な工夫されています。 読むだけでーーーーー 「自分中心の感覚」が育ちます。 自分を観る作業が出来ます。 自分に立ち戻れます。 抑えていた感情を解放するのに役立ちます。 肯定的なエネルギーの流れをつくって、運をよくしていきます。 あなたの潜在能力を引き出します。 人は誰でも「感情を基準」にして生きている。相手とも、無意識のところで、感情を基準に反応し合っている。いくら思考で処理しようとしても、最終的には、感情を優先させる。 |
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| 目次 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 人を信じても、誘拐されないために 石原 加受子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 忌むべき犯罪が増えると、どうしても、人が人を信じられなくなっていく。とりわけ、小さな子供を持つ親は、人に対して、どう教えたらいいのだろうかと、頭を悩ますに違いない。 「人を信じるな」と教えるか「人を信じよう」と教えるか。 「人を信じるな」と教えると、子供が「猜疑心の人生」を送ることになる。これでは、生きていくことそのものが辛くなる。 「社会は敵であふれている。人は自分を攻撃したり、騙してくる」 などという気持ちで街を歩けば、人が怖くなってくる。 かといって、「人を信じよう」と教えると、誘拐犯にも付いていってしまうのではないか、と心配になるだろう。 (これは、大人でも同じことである。「人を信じよう」とすれば、騙されるのではないかと、心配になる。) 書き出すときりがないので、あまり深いところまで語るつもりはないが、一言でいえば、「意志を持たない人」ほど、騙される。 子供でいえば、「意志を育てていない」子供ほど、誘いに乗りやすい。 例を挙げると、こういうことである。 子供Aは、自分の意志を大事に扱われている。 子供Bは、親のいうことが絶対で、一方的に責められたり怒鳴られたりしながら、「子供自身の意志」を無視されて育っている。 子供Bの親はこんなふうだから「知らない人についていかないように」と注意するとしても、叱ったり責めたり、子供を否定するような態度で言うだろう。 こんな二人に、誘拐犯が、 「〜を買ってあげる。〜があるよ」 「お母さんが呼んでるよ」 と話しかけてきた。 こんなとき、子供Aと子供Bは、どう行動してしまうだろうか。 子供Aは、その誘拐犯の言動に不審を抱く。 感覚的に「ヘンだ」と感じることができる。 これは、「A」対「誘拐犯」というふうに、「1対1」になることができるからである。 しかも、意志をもった子供Aは、自分の意志を言うことに慣れているので、断ることができる。 他方、子供Bは、そんなとき、誘拐犯を見ているようで、見ていない。頭の中で、別の思いが交錯する。 子供Bの「意識の目」は、誘拐犯を見ていない。違ったところを見ていたり、違ったことが想起される。 「〜をくれるんだったら、得するかも知れない」 「お母さんに叱られると怖いから、ついて行かなければならない」 などと発想して、誘拐犯の不審な言動に気づかない。 「これはヘンだ」と感じたとしても、親に黙って従っているように、自動的に、他者にも同じ反応をしてしまう。 大人が騙される心理も、似たようなものである。 もし、仮に誘拐犯と一緒に行きたいと思ったとしても、子供Aは、まず、親に了解を得てから行こうするだろう。なぜなら、子供Aは、親が自分の意志を尊重してくれると信じている。むやみに反対しないと知っているので、自動的に、親に聞いてみようと発想するからである。 けれども子供Bは、親に言えば「どうせ親に叱られる」と考える。だから、黙って行こうとするだろう。 だから、「騙されない。誘拐されない」ためには、意志を育てることが大事なのである。 ◎ここで勘違いしてほしくないのは、 「泣いたり叫んだり、暴れたり、感情的になって勝手放題にふるまったり、わがままを言ったりする」 これは「意志を持っている」とは言わない。 大人も同様である。怒鳴ったり、脅したり、感情的になりやすい人ほど、意志は弱い。そういった人は、意志を阻害されてきた人たちである。 |
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| 「願いがかなう人になるシンプルな方法 」(大和出版)について | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 最近「感情コントール」についての取材を受けたり、執筆依頼が来ています。 いよいよ、自分の感情を抑えながら、無視したりフタをしたりしてやり過ごそうとしても無理なんだというのが、自覚されるようになってきたからなのかも知れません。 本書は、感情を「コントロール」するものではありません。 むしろ、感情を受け入れ、解放するための本です。 さらには、感情を生かして、あなたの中に眠っている、優れた潜在能力を引き出します。 本書は「少し変わったスタイル」で進めています。 それは、 ・読みながら「自分を観る作業」ができる。 ・読むうちに、自分に立ち戻る。 ・読むだけで知らずのうちに「自分中心の感覚」が身につく。 ・覚える必要はありません。あなたの無意識に働きかけます。 ・“実感する”だけで、あなたの無意識が納得してくれて、気持ちが変化するだけでなく、実際に、それに連動して面白いことが起こるに違いありません。 こんな効果が期待できるのです。 私自身が、自分で書いたものを再読しながら、読者の方々の意識を根底から変える画期的な本だという手ごたえを感じています。 石原・記 |
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| どうしても伝えたく (匿名) |
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| こんにちは。「いいことばかりが起こる幸せの6ステップ」(大和出版)の読者です! 尽くせば尽くすほど主人が威張るのはなぜ?
といつも苦しんでいました。 時々威張る主人に私がキレてしまいますが、そんな後は優しい主人になります。 そんな月日が15年たち、この本を読んでわかりました。 私の愛し方が間違っていたことが。 言いなりになることが愛だと間違えていたのですね。 自分の我を出すのはいけない事だと我慢するのではなく、自分を表現するのはいい事なんですね。 優しい風が後ろからそっと押してくれるような気分になる本です。読み終えて、心に春風が吹き、凍っていた何かが溶けた気がします。ありがとうございました。 まだまだ、あの本で目からウロコが落ちたことがいっぱいあります! 早速少しずつ実行して幸せになります! 変な言い方ですが、神様からのメッセージのようです。 夫婦喧嘩して悩んで、 「もー! わからない! 神様どうしたらいいか知恵を授けて!」 とお願いしてすぐあの本に会えたので。 感謝。感謝です。 |
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| 読者の声・受信発信 Mさん | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月12日、13日、「自分中心」感覚の二日集中ワークに参加ました。2日間お世話になりました。遠かったけど思い切って参加してよかったです。 人と接するときはいつも、 「楽しくなければ」 「とにかく会話が途切れないようにしなければ」 ということばかり考え、一人になるとぐったりしていました。 そんなことに必死になっているので会話の内容など、あまり覚えておらず、同じことを何度も聞いたりして、相手に、 「前もその話、したよ」 と言われたり、ということもありました。 これからは意識を自分に戻すよう心がけていこうと思います。 先生に教えていただいた体操なども続けていきたいです。 またお世話になるかもしれませんが、その時はよろしくお願い致します。 |
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| ある日学校で六七 宮崎 久実子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 家の中にいるといくつになっても親は親、子は子という関係が無くならない。 親は自分が最早ヨボヨボになっていても子の事を心配し、子は子で自分が白髪になっても親が生きているうちは頼りにしようとする。 これは人の世の常であるから、ある程度は仕方がない。しかし、どのような形で心配するかが問題なのだ。 つい親は、自分の長年の経験から、転ばぬ前に先へ先へと手を回して子供を守るとする。 子供が自分の手の中から飛び出そうとすると、何が何でも引き戻そうとする。 ある時子供が外に魅力的な世界を見つけたとする。 子供はそこの世界を知りたがる。しかし、自分の目の届かないところに子を出すのを恐れるあまり、親は、あの手この手を使いそれを阻止しようとする。 時には猫撫で声や、おいしい餌をちらつかせ、時には怒鳴る、殴るといった手段にでることもある。 しかし、それでも子供は出て行くであろう。 ところが、悲しいかな、今までいた世界はあまりにも便利で、何一つできないことはなかった。もし自分に出来なくても、一声呼べば親という名の召使が何でもやってくれた。 さて外に飛び出したはいいが、何も一人でやったことがない。 人に頼む方法も知らない。 何も出来ぬまま立ち尽くす羽目になるのだ。 |
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