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第71号 2004.11 発行 http://www.allisone-jp.com/ info@allisone-jp.com |
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最新刊 『いいことばかりが起こる幸せの6ステップ』 大和出版
ゆっくりと、実感しながら読むだけで「小さな奇跡」が次々に起こりはじめる。 |
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| 目次 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 感覚の世界 石原 加受子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「自分中心」「他者中心」という心理学については、何冊も本を出していますが、いくら書いても書物では明確に伝えられないものがあります。もしかしたら、ビデオやDVDであっても、そうかもしれません。 それは「感覚」です。 野球のイチローさんも、盛んに口にします。 感覚の世界というのは、まず「自分中心」になっていなければ、感じられません。 それは、内的感覚の微妙な違いです。自分を中心にして、この感覚のほうに焦点を当てると、実に千差万別の、あるいは無限の感覚の違いを感じることができます。それは瞑想の世界です。 この感覚の違いは、それこそミクロの差の「意識の違い」と言うこともできます。 そこで、「他者中心」と「自分中心」の微妙な意識の「感じ方」の違いを、ここで、ご紹介しましょう。 (もちろん感覚の精細さでいえば、粗削りですが。) 二人で向き合ってやると、よく分かります。 まず、お茶(飲料水等)を飲みながら、相手の顔のほうに焦点を当てみましょう。相手のほうを一生懸命見てください。これが、相手を気にしている「他者中心」の状態です。 このとき、あなたの意識は、お茶の味も湯飲みの感触も感じていません。 それは、自分より、外側のほうに意識が向いているからです。 では、まず、お茶の味や湯飲みの感触のほうに焦点を当ててみましょう。その感覚を十分に味わってみましょう。 次に、その感覚をキープしながら、相手を見ましょう。 これが、「自分中心」の感覚です。 もし両者の違いを、あなたが感覚で感じることができるなら、あまりの違いに、びっくりするはずです。 前者のような「他者中心」の意識で生きている人は、一生、「他者中心」の意識で生きています。 後者のような「自分中心」の意識で生きている人は、一生、「自分中心の意識」で生きています。 ここでは、「お茶を飲む」という、見た目にはまったく同じ動作をしていても、感覚という点でいうなら、「自分中心」と他者中心」とでは、正反対に位置するのです。 あなたはまさに、その状態から「思考」したり、「感情」を抱いたり、「行動」を起こしています。 こんなふうに、最初のスタートが「ミクロの差」で異なるだけで、選択していくものが違ってしまうため、まったく違う人生になっていくのです。 |
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| スタンスを決める 市村 英彦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 私が長い間体調が優れないのを心配して、彼女(妻)が声をかけてくれた。 「どうしたら、元気になるのかな。早く治るといいね」と優しく声をかけてくれたのだが・・・。 なかなか回復しない自分を責めていたことで、その言葉が責められているように感じ、重い気持ちになった。彼女の言葉が、胸に刺さるようだったが、ふっと「心配してくれている。優しいな」と頭の中で呟いた。 重い気持ちになっていたのがうそのように、軽くなっていた。自分の気持ち次第で、受け取り方が違うものだと思った。 後で聞いたのだが、感情の気持ちの中では、少し私を責める気持ちがあったと教えてくれた。 教えてくれたのは、彼女がいい関係を創りたいという想いがあったことと、私も彼女を信じていたからだ。 私も何げない一言で、人を傷つけることがある。 相手のことを想い話しかけるのだが、相手のことを変えたいという想いが強いのか、言葉のはしばしに批判めいたことが出てくる。 言葉に出なくても、表情や態度に出てしまうものだ。 大抵その時は、私は悪いことは言っていないと信じきっている。 後で思い返して、悪いことを言ってしまったと思い謝ることもあるが、素直に謝れないこともある。 素直に謝れるように、していきたいと思う。 人と人との関係で、傷つけたり傷つけられたりすることはよくあるが、自分自身の思いで勝手に傷つくこともよくある。 卑屈な思いでいたりするとき、人の言葉が気になりはじめ、一言一言に反応してしまい、自分のことではないことまでも、自分に対しての言葉に聞こえてしまい傷つく。 自分を批判するような言葉ではないにも拘わらず、相手に傷つけられたと思い、怒りが湧いてくるものだ。 この怒りは、相手に対してというより、自分自身に対してなのかもしれない。 人と関わるときは、自分の気持ちや頭の中で呟いている言葉をできるだけ観て、自分のスタンスを確認するようにしている。 相手のことを考えながら、自分の気持ちを観ようとすると混乱してしまうが、自分のことだけを考えて観ていけば、自分の目の前にいる人と、どういう関係でいたいかがわかる。仕事上の関係か、親しい関係なのかを選んでいるのであれば、必要以上に悩むことが少なくなる。 どのような関係であれ、いい関係を創りたいと思っているのであれば、相手を変えようと思うことも、批判することも少なくなる。 自分自身のスタンスを決めることで傷ついたり、傷つけられたりすることは減っていくと思っている。 どんなことであれ、自分自身がどうするかを決めていくことが大切のようだ。 |
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| ある日会社で B 西岡 利晃 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「社長は私たち社員が、A上司を良く思っていないのは承知です。辞めていく人たちが、口々にA上司への不満を言って辞めるからです。 私もはっきり言いました。 でも実は、社長もA上司を操作して、都合の悪いことをその上司に言わせて、自分が悪者にならないようにしているのが私には見えています。 彼のせいにするのは簡単です。また事実、彼のせいです。 しかし、しかしです。そんなことよりももっと大切なことが。さらに大きな取り巻きの意識のリング(領域」)に目を向けると、そこには「自分中心」の宇宙が広がっていることに気づきました。 私なのです。 私はどうなっていくか?私が私になるためにする事。そこに向かっていくために今考えて、行動する。 つまり、自分のエネルギーをどこに注ぐのか?です。 周囲が低調でも、自分が自分を保つ事によって、その渦には巻き込まれないことは、以前から何度も体験済みです。 それは最下位のチームにいる(野球の)イチローさんの意識だと思いました。 チームは最下位でも、イチローさんはヒットを打ち、ホームランを打って、ヒットの新記録を達成しました。 私が営業成績を上げれば良いのです。また発表していないアイデアを出す。その自信が過去にはなかったゆえに、人のせいにして辞めて行ったのが「過去の私」です。 これからは違います。イチローさんは常に理想のバッティングを追求しただけ、その1点にエネルギーを注いだだけ。 私もそうなります。 |
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| 相手と私の気持ち 石原加受子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| カウンセリングではなくて、個人的に、一人暮らしをしている男性に、こんな相談を受けたことがあります。「私はまだ、実家の親に会うのが嫌なので、ずっと家に帰っていません。最近、帰ってみようと思うのですが、家に泊まりたくありません。一緒にいるのが怖いんです。 でもその一方で、僕は何て親不孝なんだと自分を責めてしまって、気持ちが混乱しています」 そんなとき、私はこう答えています。 大丈夫ですよ。あなたが相手と会うのが怖いと思っているとしたら、相手のほうも、あなたに会うのが怖いと思っています。 あなたが家に泊まりたくないと思うのなら、その泊まりたくないという思いが、「あなたと親」の距離でなはいでしょうか。あなたが親に対して思う距離が、親があなたに対して願っている距離でもあります。 お互いの気持ちは、言葉を交わさないでも、意識でキャッチし合っているのです。だからこそ、自分を責めるより、自分の気持ちにOKを出してほしいのです。 |
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| ある日学校で 六六 宮崎 久実子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「親の身勝手」と言えば、実は子供の為にと信じてやっていることが、大きな勘違いと言うことがある。 「私がいなければ、この子は友人との付き合い方も、勉強の仕方もなにも分からない。だから私が見てあげなければいけないの」 本当であろうか。2、3歳の子供ならまだしも、高校生にもなって母親のアドバイスがなければ何も出来ないものだろうか。 それならば何故、子供は母親を疎んじ暴れるのであろうか。 「母親はうるさい」 「自分のことをちっともわかっていない」 こんな言葉が彼らの口から出るのは、どうしてだろうか。 親の思うようなペースでは無かったり、すぐ結果が見られないと我慢できない親がいる。 ガミガミ口を出したり、つきっきりで指図したりする。 子供の為によかれと思っていることが実は、「自分が心配だから。納得したいから」であって、子供にはありがた迷惑なのである。 子供によってはゆっくりペースの子もいる。親から見るとまどろっこしくても、少しずつ成長していくのを見守ってほしいものである。 |
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