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第67号 2004.3 発行 http://www.allisone-jp.com/ info@allisone-jp.com |
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最新刊 『いいことばかりが起こる幸せの6ステップ』 大和出版
ゆっくりと、実感しながら読むだけで「小さな奇跡」が次々に起こりはじめる。 |
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| 目次 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ひとつが変わればすべてが変わる 石原 加受子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 自分が変わるというのは、本当は、自分を縛っているものからの解放だといえるだろう。自分を解放していけば、能力は勝手に開花していく。 勝手に幸せになっていく。 勝手に成功していく。 精神的な豊かさも、物質的な豊かさも、周囲との調和を保ちながら、あなたの思いのままになるだろう。 それを縛っているのは、ほかならぬ、自分自身が、自分を縛っているからにほかならない。 「変わらなければならない」を思うと大変そうに感じるが、「自分を縛っているものを削ぎ落としていく」というのであれば、心の伸びやかな感じがするのではなかろうか。 最近の私は、さらに気負いが少なくなっている。それに伴って、カウンセリングのやり方も、以前に比べると、ずいぶんとシンプルになってきたと思う。 小さな出来事も大きな出来事も「意識の体感」」としては、同じことである。だから、そんなに大きなことに無理をして挑戦することもない。「できること」を丁寧にやっていって、その実感を「当たり前に感じる」までやり続ければ、大きなことも、いつの間にかできるようになっている。 「一つが変われば、すべてが変わる」という法則を発見した。 自分の生き方を変えるために、何もわざわざ苦労して、難しいことに挑戦することはない。 今回、3月の中旬に発刊される『いいことばかり起こる幸せの6ステップ』(大和出版)も、そんな軽いやり方で、自分を縛っているものを一つでも捨てることができれば、違った生き方を手に入れることができる。 |
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| 無題 石原加受子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 過去に傷つけられた人(あるいは傷つけ合った人)にたいして、宗教的な表現で、よく、「感謝しましょう」といったりする。が、心情的に、「心から、ありがとう」という気持ちには、とてもなれないものである。 しかし、こんな感謝ならできる。それは、「相手に」感謝することはなく、「相手との関係に」感謝することである。 相手との出会いで、多くのことを気づかされた。相手との関わりで、自分を育てることができた。 そんな相手との関係での「気づき」は、「感謝」であると同時に「決断」でもある。 「私は、あなたとの関係で、過去の私がしたような、犠牲的な生き方は、もう、しない」 「私があなたと、もし、今知り合ったとしたら、過去の私がそうであったような、自分の価値をおとしめるようなつき合い方はしない。いまの私なら、はっきりと断る」 こんな、過去との決別。あるいは、同じミスはしないという決意。 そんな「自分を粗末にしていた過去の私と決別する」という意味での、「あなたとの過去にありがとう」という感謝なら、できるに違いない。 |
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| 「許す」ということ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 同じ共通言語を使っていても、それぞれに受け止め方や尺度の違いがあるために、言葉だけでは、なかなか真意が伝わらないものだと思うことがしばしばある。 例えば、相手を「許す」という言葉の意味をどういうふうに解釈しているだろうか。 相手を「私が許す」というのは、相手の間違っている点に言及したり、触れたりしないで、黙っている。それが「許す」ことだと思い込んでいる人はいないだろうか。 「許す」ということを、こういうふうに解釈してしまうと、「許す私」も、許せないのに「許さなければならない」と苦しむことになる。 しかし、どうだろう。 これが本当に、相手を許したことになるのだろうか。 一度か二度会うだけの、すれ違い程度の相手であるのなら、それっきりと割り切って、「許す」というより、忘れてしまうこともできるだろう。しかし、家族、夫婦、親子、恋人など身近な相手は、そうはいかない。 相手がとるべき責任をうやむやにしてしまう。あるいは、自分が相手の責任を肩代わりしてやる。それが「許す」ということであるなら、身近な人ほどつらくなって「許せなくなる」だろう。 こんなふうに「許す」という意味を誤って解釈してしまうと、「とても良い行い」をしているつもりでも、現実的には、 「なぜか問題ばかり起こる」 ということになる。 「許す」というのは、決して「相手の責任を放免する」という意味ではない。 指摘すべきことは指摘する。 正すべき点は正す。 とるべき責任はちゃんと、とる。 それができたとき、当の本人も、自分を許すことができるだろう。 このように「許す」ことと、「責任をとる」こととは、別問題である。 それを曖昧にしないことこそ、許す私も許される相手も、その行為を「許す」ことができるのである。 |
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| お金という道具 市村 英彦 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ある日、預金通帳を見ていていつものように、お金がない、お金がないと呟きながら、憂うつな気分に浸っていたとき、ふっと思った。 そういえば、お金がない時もある時も、よく買い物に行っていた。 お金がある時は、服や最新のオーディオを機器などを必死になって買い、お金がないと言いながら、スーパーなどで安い物を見つけては、買わなければ損だと思い、買い込む。 買い物をしたその時は、安心感と手に入れた満足感に浸れるが、時間が経ち我に返ると、いらないものや使わないものだったと気がつき、なんとも言えない罪悪感と後悔の念に押しつぶされる。 お金が少ないから、安いものをいまの家にと思い買い、余裕があるから、今すぐ手に入れなければと焦って物を買う。 そして、後悔して、お金がないと呟く。 考えてみれば、毎日のように、お金がない、お金がないと呪文を唱えているからと言って、本当に手元からお金が無くなるわけではない。 お金が無くなる前に、遣わなければいけないという思い込みをして、必要以上に物を買っていただけだ。 お金は、遣えば確かに無くなるもの。無くなるからと恐れていても、後悔ばかりで何もはじまらない。 お金に限らずどんな道具でも、必要に応じて使ってこそ生きてくる。 お金は、自分自身のために 使う ものなのだから、もっと気持ち良く、堂々と 使い たいものだ。 |
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| ある日学校で 六二 宮崎 久実子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 「笑顔がきれいな子」「いつも笑顔で接している」。芸能人がテレビの中で、仕事と割り切ってやっているならいざ知らず、通常、我々はそんなにいつも笑顔のままではいられない。 「なぜ、この人はこんなにいつもニコニコしているのだろう」 と思い観察していると、ふと、寂しいのかな、笑顔でいないと、人から注目してもらえないと思っているのかな、と、いろいろなことが見えてくる。 どうやら、「笑顔」は人から注目してもらうための手段らしい。 だとしたら、この子はなぜ、そう思ってしまうのだろう。 彼女は、いつも小さい頃から、手のかからない良い子と言われ続けた。同級生からも、いつもにこにこ明るいので、安心して頼れると思われていた。 「明るく元気なしっかり屋さん」 いつしか彼女は、いつもそう演じていなければならなくなった。 「皆が信じている『私』という印象を壊してはいけない」 ただそれを守るだけの日々になってしまった。 それが重くのしかかってきて、ついに耐えられなくなる。 |
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| 新刊本 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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